群馬県民の日にちなんで、なぜ群馬になったのか調べてみました
今日、10月28日は群馬県民の日です。
10月28日が群馬県民の日と決まったのは1871年(明治4年)に初めて「群馬県」の名称が使われたことにちなんでらしいです。県民の郷土への理解を深めるため1985年(昭和60年)に制定されました。
由来と目的
• 制定の背景は1983年(昭和58年)の国体開催を機に高まった県民意識を受け、1985年に制定されたそうです。
• 趣旨: 郷土の歴史を知り、理解と関心を深め、自治の意識を高めて豊かな郷土づくりを期する日とされています。
• 県内の公立学校はこの日が休校になります。
※そもそも何故「群馬ぐんま」と言うのか?
「群馬」という名前は、明治時代に県名に採用される遥か昔、奈良時代に誕生した地名が元になっらしいです。
1. もともとは「車(くるま)」だった
古くは古墳時代、この地域(現在の高崎市や前橋市周辺)は「車(くるま)」(または車評、車郡)と呼ばれていたさうです。
名前の由来は、この地を治めていた有力な豪族「車持氏(くるまもちうじ)」にちなむという説などが有力です。
2. 朝廷の命令で「群馬(くるま)」に改称
713年(和銅6年)、奈良時代の朝廷から「全国の地名は縁起の良い漢字2文字で表しなさい」という命令が出されました。
そこで、「くるま」という音に2文字の漢字を当て、当時この地域が日本有数の馬の産地(馬が群れる場所)だったことから、権威の象徴でもあった馬にちなんで「群馬」という漢字が選ばれたと言うのが有力な説です。
※ちなみに当時は「ぐんま」ではなく、「くるま」と読ませていたそうですが、「くるま」とは今では読めないですね。
※くるま、くるま、ぐるま、ぐるま、ぐるうま、ぐるうま、ぐんまてな感じでは無いのです。





